tokujirouの日記

古来バリアーは「障碍」と表記されました。江戸末期に「障害」が造語されましたが終戦まで人に対して「害」がつかわれることはありませんでした。「障害者」は誤表記です。「碍」の字を常用漢字に加えて「障碍者」に正常化を急ぎましょう。漢字文化圏では「障碍」が常識です。

冊子『碍の字を常用漢字に』をPDFにて配布いたします。(複製・配布歓迎します) https://bit.ly/2OIP0nX

「碍」と「害」の混在に関するHypothesis(仮説)

戦前の日本では「障礙」「障碍」と「障害」が混在していました。どうして日本だけでこのような混在現象が生じたのかにつき以下の仮説を立ててみました。


「礙」の文字は仏教用語の「障礙」として仏教公伝と共に日本に渡来したと思われます。北印度で生まれた仏教は中国で4世紀に鳩摩羅什(クマーラジーヴア)がサンスクリット語梵語)を漢語に翻訳しましたがその訳書「漢訳仏典」の中に「障礙」の文字があったと思われます。(要検証)


この「障礙」が朝鮮の百済を経由して日本に持ち込まれ、当初は仏教の専門用語として使用されたものが庶民の間で「さしさわり」や「さまたげ」といった事象を指す言葉として徐々に拡散し日常生活でも頻繁に使用されるようになったことは容易に想像できます。仏教用語が一般用語化した例は「後生だから」「因果関係」「往生際」など数多あります。後に「礙」は画数が多いため略語の「碍」が考案され「障礙」と「障碍」が混在することになったと推定します。(略語の「碍」がどこで考案されたかは検証が必要ですが)


他方、医術も古くは遣隋使や遣唐使漢方医書を持ち帰ったと思われますがこの時代の医学には「障害」という概念も表記もなく「障害」という概念が持ち込まれたのはずっと後になってからと推測します。


日本で西洋医書の本格的翻訳が始ったのは幕末とされていますが蘭学が主でしたからオランダ語の邦訳が主流だったはずです。一般に医学用語としての「障害」は英語の「DISORDER」の和訳だとされていますのでオランダ語よりも後で幕末でも明治に近い時期に医学関係者のだれかが「DISORDER」の訳語として「障害」との表記を考案したのでしょう。この時期には英語の「OBSTACLE」は既に「障礙」又は「障碍」と邦訳されており既存の「障碍」との訳語とは異なる表記が必要とされたものと推理します。


なお、ウイキペデイアには「障碍」と「障害」をいずれも「しょうがい」と読むのは日本に特有であり、中国語では前者は「チャンアイ」(zhàng'aì)、後者は「チャンハイ」(zhànghài)と、また朝鮮語ではそれぞれ「チャンエ」(장애; jang'ae)、「チャンヘ」(장해; janghae)と、発音上区別しているとの記述があります。


医学関係者は既存の一般用語の和訳と区別するため、敢えて「害」を使用し「障害」という熟語を作ったのではないでしょうか。医学者は社会的に地位も高く権威を示す必要もあったのでしょう。「害」の字を採用するにあたっては医術は人体の「害」を除去するのが役目との名分も立ったことになります。


現在、医学界では「脳障害」や「肝機能障害」など「障害」表記が多用されていますが、この医学用語としてスタートした「障害」が仏教用語の「障礙」「障碍」同様に一般用語化して汎用化したと考えれば明治以降大正・昭和の終戦まで「障礙」「障碍」と「障害」が混用・混在したことの説明がつきます。「礙」は当初「ゲ」と発音されましたが「碍」は「ガイ」と発音されることが多く、この「障碍」と「障害」が共に「ショウガイ」と発音が同一であることも混用を促進したと考えられます。


文科省提出の出現頻度数に関する資料「太陽コーパス」によれば、1885年(明治28年)には障害が22に対し「障碍」17「障礙」10を加えると27となり「障碍」「障礙」が「障害」を上回っていますが1917年には拮抗し(20対20)1925年には25対9と「害」が大きく
「障碍」「障礙」を上回っています。昭和に入ってからの数字は提示されておらずこの数字だけで判断するのはリスクが大きすぎますが一般的な傾向として一つの参考にはなろうかと思います。西洋医学の普及と共に医学用語としての使用も広まり「障害」の使用頻度が増加し、それにつれて市中での一般用語としての使用頻度も増えたとの推測も成り立つでしょう。


漢字圏の中国・韓国・台湾では「碍」「礙」と「害」の発音が異なるため日本のような混用・混在は起こりえなかったのでしょう。その前に「碍」と「害」では意味が異なるため混用のしようがなかったとも言えるでしょう。いずれにせよこのような混用・混在は日本だけでみられるもので中国・韓国・台湾では戦前・戦後一貫して「礙」「碍」と「害」は明確に区別して使用されています。


文豪の夏目漱石が「障害」を使用し医学者の森林太郎森鴎外)が「障碍」表記にこだわったのも面白いコントラストです。ひょっとして森鴎外は「障害」の「害」の表記に疑念を持っていたのではないかとの推測も一概に乱暴とは言えないでしょう。余談ながら芥川賞作家の平野啓一郎(35歳)は好んで「障碍」表記を使用していますが聞けば森鴎外のファンとのことです。


この「仮説」が証明されれば、「しょうがい」の表記が問題となっているこの機に、条約・法令などの公用語は「障碍」に統一するとして、医学用語の「障害」の表記も「障碍」に変更してはとの議論をしてもよいのではないかと考えます。


「障害」表記から「障碍」表記への改変はまさに障碍者制度改革推進会議が掲げている「医学モデルから社会モデルへ」のスローガンと合致することになります。どなたかのお知恵を拝借したいと思っています。