tokujirouの日記

古来バリアーは「障碍」と表記されました。江戸末期に「障害」が造語されましたが終戦まで人に対して「害」がつかわれることはありませんでした。「障害者」は誤表記です。「碍」の字を常用漢字に加えて「障碍者」に正常化を急ぎましょう。漢字文化圏では「障碍」が常識です。

冊子『碍の字を常用漢字に』をPDFにて配布いたします。(複製・配布歓迎します) https://bit.ly/2OIP0nX

「碍」告示後1字追加への一歩

12月6日、新常用漢字告示後の初の「推進会議」で「碍の字の常用漢字への追加を検討すべきである」との文言を第2次意見書に盛り込むことが合意されました。


佐藤久夫委員(総合福祉部会長・日本社会事業大学教授)のご発言を受けて藤井克徳議長代理が皆さんに諮り合意が形成されたものです。これまで曖昧模糊としていた「推進会議」の方針が初めて明示されたことになります。


常用漢字を改定するに当り、国民からの要望の多かった「碍」の字を追加するかどうかは、6月7日の答申の時点で「推進会議」の議論を見守ることになっていたはずです。 従い、これを受けて「推進本部」はこの問題を「推進会議」の議題としてきちんと設定し、充分な時間も配分して「追加の是否」を議論する場を準備すべきでした。


実際はどうであったか。事務局は最初から「表記問題と追加問題はリンクする必要はない」と明言しました。もともとリンクしたのは文科省であり明らかな矛盾です。答申や告示の予定は早くから決まっていたのです。


追加問題は推進会議では殆ど議論されたことはありませんでした。 それどころか内閣府が9月に実施した国民意見の公募に際しての設問も「表記」に限定され、「追加の是否」については問われておりません。 ヒアリングについても同様です。「表記」についてのみの意見が聴取され「追加問題」は無視されています。


加えて、これまでの事務局からの説明は「悪魔・怨霊説」に代表されるように「碍」の追加を否とする論拠のみが誇張して流布され「碍」を是とする説明は一切なされておりません。明らかにアンフェアーというべきでしょう。


「理屈」としては「推進本部が(障碍)表記を(決定)するなら追加する」従い「推進会議は表記のみを議論すればよい」ということになるでしょう。果たしてそうでしょうか。「決定するなら追加する」との条件そのものが不可解です。「碍」を排斥するために非現実的な高い障碍物が設定されていると解釈する人が居てもおかしくないでしょう。恰もオリンピックで棒高跳びの選手にバーを8メートルに上げて「はい、これを跳べたら金メダルですよ」と言っているに等しいと思います。(世界記録はブブカの6.14メートル)果たして、これまで常用漢字に新字種を追加する際に、このような条件そのものを設定した「前例」があるのでしょうか。


一歩譲って、「決定するなら追加する」との無茶な条件を受け入れたとしても、その条件をクリアーすべく側面から暖かくアシストするのが世の常でしょう。「碍」の字が教育の場から消えて既に半世紀以上も経過しており、馴染みがないのは当然です。「障碍」表記支持者も「障碍者」「障碍問題」に対する国民の意識の変革を期待して善意で一生懸命取組んでいるのです。それが前述のように、事務局からは「障碍」の表記に否定的な情報のみが一方的に全委員にインプットされ、「障碍」支持者の主張の内容は殆ど紹介されず、国会で「障碍」表記の要望や「碍」の追加要請の議論がなされている事実すらも委員に周知されず、議論する充分な時間さえ設定されなかったのが現実です。推進会議発足にあたっての閣議決定で「表記問題」が主要課題として設定されているにもかかわらずです。


このような背景下、状況下での佐藤久夫委員の勇気あるご提言はまさに至宝であり、これを正面から受止められ結論を導かれた藤井克徳議長代理のご采配を高く評価します。


「障碍」表記の実現までにはまだまだ紆余曲折が予想されますが、12月6日という日がターニングポイントになるであろうことは間違いないところだと確信します。佐藤先生、藤井先生お二方のご英断を無にしないよう世論の盛り上げに尽力したいと思います。皆様のご支援を是非よろしくお願い申し上げます。まずは第2次意見書で表記の項がどのような記述となるかを見守りましょう。