「障害者」は「障碍者」・・・(2)
「障害者」の表記について(後半之部)
「障碍」「障碍者」表記研究家
豊田 徳治郎
後半之部では、誤表記とされる「障害者」を正さず放置した場合は何が不都合なのか、また「障碍者」に訂正した場合のメリットについて述べると予告しましたが、その前に「障碍」「障碍者」の表記に関して国会や地方議会で、これまでに、どのような議論がなされてきたかを見てみましょう。
【国会、県議会での質疑の状況】
国会で「障害」の表記問題は文部科学委員会で二度、質問主意書の形でも二度採り上げられ議論されています。地方議会では兵庫県議会で4人の県議が質疑に立たれたと承知しており、関心の高さが伺えます。佐賀県では古川康衆院議員(前佐賀県知事)が知事時代に「碍」の常用漢字への追加を中央の関係省庁に働きかけられました。
《国会での質疑》
個人ブログで一貫して「障碍(者)」を使用
〇質疑の趣旨は①②共に「障害」「障害者」表記は不適切として「碍」の常用漢字への追加を強く要望
「障害(者)」を「障碍(者)」と表記したいがよいか?
「碍」の追加について継続審議の予定はあるか?
〇①は「碍」の常用漢字への追加が必要との回答
〇②は「引き続き検討して参りたい」との回答
《兵庫県議会での質疑》
質問者は日村豊彦・越智一雄・大野ゆきお・大前春代の各県議
主な回答者及び内容
山本嘉彦障害福祉局長 〇常用漢字への「碍」の追加の検討が始まっており天から与えられたチャンスと認識している
〇「害」を平仮名に変えてそれで足りるとするのは不愉快であるとの意見を聞いたことがある
久保修一健康福祉部長 〇当事者団体から平仮名表記にしても無駄との意見を聞いたことがある。
〇「碍」には「妨げ」という意味がふくまれており「碍」が常用漢字に加えられれば選択肢の一つになる。
大西徹障害福祉課長 〇内閣府が国民の意見を聞いた結果では「障害」支持4割、「障碍」支持4割で「障がい」は
1割と予想外にすくなかった。ひらがなを使 うことに違和感があるという意見を聞いたことがある。
以上兵庫県は県側も議会側も「碍」の常用漢字への追加を待って「障碍」「障
碍者」表記へ移行することでコンセンサスが出来ている模様である。
【相模原事件と「障碍者」表記】
昨年の7月勃発した相模原障害者殺傷事件に際しては、連日「障害者」の文字が新聞・テレビの紙面や画面を賑わしました。見出しの巨大文字も含め「障害者殺傷事件」の文字の露出量は膨大なものでした。「障害者殺傷事件」は「障害者殺害傷害事件」を短縮したものです。既にお気づきのように「害」の正しい使い方は「殺」と組み合わせての「殺害」、「傷」とセットにした「傷害」であり「障害」は明らかにミスマッチです。従い表意文字として何を意味するかも判然としません。
筆者は「障碍者」表記に関心がありますので、メデイア上の「障害者殺傷事件」の文字が洪水のように大量に、そして否応なく目に飛び込んでくるたびに異様な違和感に襲われました。「障害」の「害」は単なる当て字で意味はなく、日本では「障害」の意味は「障碍」と同じ「バリアー」であると頭では判っていても、漢字は表意文字ですから「障」と「害」と「者」が順番に並んでいるとつい「障りがあって害のある人」と読んでしまうのは筆者だけでしょうか。
安倍首相は、事件勃発後直ちに再発防止策の実施を指示、担当に指名された加藤勝信大臣は、やまゆり園お見舞い後、記者団に「今回の加害者が障碍者の存在を否定するような発言をしているが、断じて許せない。障碍者の方々に対する国民の関心、理解が深まるよう、広報・啓発活動を具体的に進めていきたい」と述べました。
政府の再発防止策は「精神保健福祉法の改正」と「広報・啓発活動の推進」の二つが報じられていますが、ここでは後者の「広報・啓発活動に的をしぼります。世間的には今回の事件は「精神障害者の仕業」となっていますが検査の結果では精神障碍が犯行の原因ではなく犯人の優生思想こそが原因であるとされました。従いサリンの麻原やISの類の「特異な反社会的人格障害者の仕業」であって「精神障碍者の仕業」ではないことを国民は「正しい知識」として習得する必要があるでしょう。
犯行が犯人の優生思想によるものとするならば、理論的には優生思想の除去策が再発防止策ということになります。しかしながら、優生思想的思考は程度の差はあっても国民誰もが持ち合わせているものであり、完全な除去は不可能で、啓発活動を通じて優生思想の蔓延を抑制することが現実的な再発防止策になると考えます。
筆者は、「障害者」表記を正常化すればかかる犯罪は再発しないといった乱暴な議論をするつもりはありません。しかしながら、犯人は知識を印刷物を通じて得たはずであり、「障害者」という表記情報の蓄積が犯人の優生思想構築の過程で何等かの影響を与えた可能性を否定することは困難だと思います。従い、
「障害者」表記が誤表記であり、正常化が必要な状態にあることを前提にすれば、「障碍者」への改訂が副次的に優生思想の蔓延を抑制する一助になるのではと考えます。一般的に啓発活動は地味であり、国民への周知には時間を要しますが、幸いメデイアは漢字表記問題には関心が高いので、一旦電波に乗れば瞬時に周知が徹底すると言っても過言ではないでしょう。国民に判りやすい策でもあります。
東京オリンピック・パラリンピックには漢字を使用している人々が大勢日本に押し掛け、映像も全世界に向けて流されます。その観客の目に、そして映像の視聴者の目に「障害者」の表記が飛び込めば奇異な感じを与えるでしょうし、特に知識層の顰蹙を買うのではと危惧します。何故なら、日本以外の漢字使用国には「障」と「害」を組み合わせた「障害」という熟語はありませんので、単なる表意文字として「障りがあって害のある人々」と誤解される怖れが充分にあるからです。他の漢字圏諸国にある「バリアー」を意味する言葉は「障碍」とその本字の「障礙」だけです。
台湾は50年間、朝鮮半島は36年間、日本の施政下にありましたが日本式の「障害」が定着することはなく、使用された痕跡すら探し出すのは困難です。
彼等は古来、「障碍」あるいは「障礙」のみを使い続けて今日に至っています。オリ・パラ開催の時点で国際関係が良好かどうか、予想は困難ですので誤解を生むような要因は予め準備の段階から認識し除去しておくほうが賢明でしょう。
【「障碍」の文字社会変える】
日本は将来的に軍事力で世界に覇を唱えることはあり得ないでしょう。経済力の面でも人口に限りがあり、しかも少子高齢化という課題を抱えているので現在のGDPの水準を維持し続けることさえ相当の努力を要すると予測されます。そうだとすれば、残るのは民度くらいのものだと思われます。
国連の発表では、今のところ民度世界一の国は日本で2位は米国となってい
るようですが、今のうちに確固たる地位を築き、2位を引き離しておく必要があるでしょう。そのためには教育の画期的充実が必須です。
その我が国で、「障害者」のように国語教育の基本である漢字の誤表記が戦後七十年余も放置されているのは異常としか言いようがありません。日本の知識層の弱点は「障碍者」に無関心で関連の知識が乏しいことと言われていますが、本件はそれも関係しているのでしょうか。
7年前、常用漢字見直し作業の進行中に、筆者は朝日新聞の取材を受け、全国の夕刊一面に掲載されました。付けられた記事のタイトルは≪「障碍」の文字社会変える≫というものでした。「障害者」の誤表記が「障碍者」に正常化されれば、一事が万事で直接的・間接的に障碍者に対する誤解の減少に繋がり、必ずや社会は良い方向に向かうものと確信しています。
「碍」の字が常用漢字に追加されれば、それを待っていたかの如く「障害者権利条約」を始めとして障碍者関連諸法案の表記の改訂が進むでしょう。そして問題意識は持ちながらも平仮名交ぜ書き表記を良しとしない兵庫県や佐賀県をはじめ、市町村を含めた全国すべての自治体がこれにフォローするでしょう。そして何よりも「碍」という古来の伝統的な漢字が学校教育の場で復活することになり、「障碍者」という正しい言葉を子供たちに教えることができますので何よりの朗報です。間違いなく社会は変わります。 以上
:::::::::::::::::::::::::::
冊子『碍の字を常用漢字に』をPDFにて配布いたします。
こちらは自由に複製していただいて結構です。
:::::::::::::::::::::::::::