「障害者」は「障碍者」・・・(3)
ポリテイカルコレクトネスと心的障碍
「障碍」「障碍者」表記研究家
豊田 徳治郎
平成28年版障碍者白書の基本的統計によれば、日本の障碍者数は、身体障碍者393万7千人、知的障碍者74万1千人、精神障碍者392万4千人となっています。総計860万2千人となり1億2千7百万人国民の6.7%が何らかの障碍を有していることになります。これを人口千人当たりの人数でみると、身体障碍者は31人、知的障碍者は6人、精神障碍者は31人となります。
精神障碍者数については、医療機関を利用した精神疾患患者数を精神障碍者数としています。従い、一過性の精神疾患のために日常生活や社会生活上の相当な制限を継続的には有しない者も含まれている可能性があるとされています。
然しながら、その敷居の高さ等から、医療機関に結びついていない患者も多いと推定されており、一概に精神障碍者数が過大とも言えません。
この精神障碍者総数392万人の殆どは触法とは無関係の人達ですが統計上は精神障害者に含まれています。恐らく自分たちが「精神障害者」と呼ばれていることすらご存知ない方が多いのではないでしょうか。
筆者は、ポリテイカルコレクトネスの観点から、従来のウ冠の「害」を使用した「精神障害者」という表記は差別表記であり、よってこの表記は障碍者差別解消法の視点からも是正されてしかるべきという立場です。
「精神障害者」表記に含まれている「害」が問題であることはもとより、「精神」という言葉も過去の負の歴史を背負っていて現在もマイナスイメージが残っており「害」と重なって二重に人前では口にし難い言葉になっています。
例えば、精神科の先生方もこのへんのことは承知しておられて、開業の時は出来るだけ「精神」表記を避け、最近では「心療内科」の看板が多いようです。
「メンタル障害」という言葉を使用して表現をやわらげている先生もいらっしゃいます。一般国民の間でも「精神病」とか「精神病院」は未だにタブーに近い言葉に位置付けられているようです。
このように関係者の皆さん方は承知の上で表現を工夫しておられますが、この問題にも真正面から向き合って解を探す努力をすべきではないでしょうか。
15年前、芦屋家族会で≪芦屋市は地域の特性もあって、「精神障害者」という言葉を特に一般の人の前で口に出すのが憚られる、相手に失礼にあたる、エチケット違反とも感じる≫という問題提起があり、内部で代替表記を募ったところ副会長(当時)の島サヨミさんより即座に「心的障害」でどうだろうかとの提案がありました。
ネットでチェックした結果、既存の用語として「心的外傷」はありましたが「心的障害」はなかったので、かねてよりの懸案であった「害」を「碍」に直し「心的障碍(者)」の試用を即断し今日に至っています。芦屋家族会の会報も全て「心的障碍」「心的障碍者」に統一し一定の評価を得ています。「心的障碍者」は、あくまで一例であり、表記の改変について皆さんのコンセンサスが得られるようであれば、他により適切な代替用語がないかどうか、全国的に意見を募集してはと思っております。
ポリテイカルコレクトネスと呼ばれる差別表記の是正運動は1960年代に米国で始まったものでニグロ(黒人)がその典型例とされていますがニグロの意味自体は単なる(黒い人)ですがこの言葉に過去の奴隷時代の悲惨な歴史がこびりついてニューヨーク州では「ニグロ」の使用禁止条例まで制定されています。
「精神」にも過去の暗いイメージが付着しており、その後に「害」までくっついているのですから民権活動家のキング牧師が日本にいたら「精神障害者」表記は差別用語として真っ先に採り上げたことでしょう。
漢字使用国である中国・台湾・韓国の人々は「精神」という漢字には日本以上に敏感に反応しますので「精神障害(者)」という漢字の使用にはTPOをわきまえる必要があることを付記しておきます。因みに中国で「障碍者」は一般的には「残疾人」と表記されています。中国で「的」は「の」を意味しますので「心的障碍」は「心の障碍」となりそのままで通用します。中国では「残疾人」のより良い表記を探しているようですので、もし「心的障碍」が日本で普及した場合には「公害」と同様に中国向けの輸出対象語となるでしょう。
芦屋市で心的障碍者の就労支援施設を芦屋市の施設の中に設けることになり、周辺住民に対し説明会が開催されました。芦屋家族会は予め市長に新呼称のことをお知らせしていたので、市長は用途を「心的障碍者」を支援するためのものと説明され、住民の皆さんは「心的障碍者」が従来の「精神障害者」を意味することをご承知でしたが、事なきを得ました。
「精神障害者」という言葉を口に出せば、例え相手が市長であっても住民側の面子の問題もあって反対を唱えざるを得なかったのではと推測します。このように「心的障碍者」の実像と「精神障害者」に対する社会通念との間には大きな乖離があります。従い呼称、表記の正常化や思い切った変更にはこのような目前のメリットも附随しています。
(まとめ)
筆者は福祉施策などで障碍間格差が生じる要因の一つは「精神障害者」という言葉に対する世間の社会通念と392万人の「心的障碍者」の実像との乖離にあると考えます。即ち、「精神障害者は反社会的な連中であり、そんな連中のために福祉の名の下に、限りある貴重な税金を投入するなどもってのほかだ」という考えが未だ残存しているものと推定します。行政は、無意識にそのような世論をあてにして、不作為の責任が問われない状態に慣れておられるのだろうと思います。そうでなければ、障碍の種別でJRの運賃割引に差が生じるなど常識では考えられないことです。
「精神障害者」の表記の改善は中長期的には障碍間格差の是正の一助になるものと確信しております。皆さんはどう思われますか。勿論、並行して「心的障碍者」の実像の国民への周知を徹底する必要があるでしょう。
心的障碍の分野では、15年前に精神疾患の病名の一つである「精神分裂病」が全家連の提言で「統合失調症」に改称され、特に当事者間で好評であることはご存知のとおりです。この場合は病名といういわば専門用語の改変でしたが「精神障害者」という「総称」の呼称の改善は社会全般に対し、より大きなプラスのインパクトとして働くことは間違いありません。表記、呼称はあくまで392万の障碍当事者が納得するものでなければなりません。
以上
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冊子『碍の字を常用漢字に』をPDFにて配布いたします。
こちらは自由に複製していただいて結構です。
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