tokujirouの日記

古来バリアーは「障碍」と表記されました。江戸末期に「障害」が造語されましたが終戦まで人に対して「害」がつかわれることはありませんでした。「障害者」は誤表記です。「碍」の字を常用漢字に加えて「障碍者」に正常化を急ぎましょう。漢字文化圏では「障碍」が常識です。

冊子『碍の字を常用漢字に』をPDFにて配布いたします。(複製・配布歓迎します) https://bit.ly/2OIP0nX

「碍」と中国語

 漢字圏で「碍」と「害」がどのように使い分けられているか、みてみましょう。漢字圏といえば 中国です。英語を介して観察すると、よりわかりやすいように思われます。


   英語辞書          中国語訳              日本語訳

1) barrier        障碍 障碍物 屏碍           障害 障害物  

2) barrier free       無障碍                 バリアフリー

3) obstacle         障碍 障碍物 妨碍 妨害        障害 障害物 妨害
               妨害物

4) obstruct         障碍物 阻碍物 妨碍          妨げる 邪魔をする
                                         妨害する

5) hindrance         障碍 妨碍 阻碍            妨害 邪魔 妨害物

6) impediment        障碍 障碍物 阻碍           故障 障害 邪魔    
                 (言語)障碍 妨碍           身体障害(言語)障害

7) handicapped     障碍 残疾人 阻碍             妨げる 不利を付す
             身体有欠陥的人               身体(精神)障害者 

8) disorder      無秩序 失調                 混乱 不調 病気 
            情感障碍(affective disorder)

9) harm        害 危害 損害 傷害            害 損害 傷害 損傷

10) hurt       傷 傷害 損害 危害            害 損害 傷 怪我

11) injury      傷害 損害 損傷              害 傷害 危害 負傷     

12)  wound      害 傷害 傷 受傷             傷 負傷 損害 害する

13)  victim      被害人 受害人 犠牲者           被害者 犠牲者

14) assailant     攻撃者 行凶者               加害者 攻撃者

*中国語訳の内  損 傷 犠牲 は中国式略字で表記されています


 中国語では「碍」と「害」は全く異なる概念として扱われており、「barrier=碍」で代表される「碍」グループと「 harm=害」で代表される「害」グループとに使い分けされています。「障」の意味も barrier ですから、同じ意味を重ねて「障碍」として使用されています。同義語を重ねた熟語はよくあります。「優秀」とか「喜悦」などがその例です。同様に、「傷」には harm(害する)の意味もありますので「害」と合わせて「傷害」で使用されています。中国語の場合「碍」と「害」では発音が異なりますので「障碍」と「傷害」の混同は起こりません。障碍=zhang-ai 傷害=shang-hai 

 上記の 1)〜8)が「碍」グループで 9)〜14)が「害」グループです。「碍」グループの中の 3)obstacle の中国語訳の中に「妨碍」「妨碍物」と「妨害」「妨害物」という形で「碍」と「害」が例外的に同居していますがそれぞれに別の意味で使い分けられています。他にはこのような「碍」と「害」の同居の例はありません。

 妨碍・・・・・道に物を置いて通行を妨げること
 妨害・・・・・相手に危害を加えて物事の遂行を妨げること

 中国以外の漢字圏、例えば台湾・香港や韓国でもこの点は変わりません。台湾では「碍」の正字の「礙」が今も使用されているようですが語義は同じです。

 「礙」の字は経典に頻出しますので、おそらく仏教と共に六世紀には日本に伝わったものと推定されます。「礙」の略字の「碍」も同様に仏教ルートで比較的早い時期に輸入されたものと思われます。従い日本にても当初は「礙」及び「碍」は barrier=障碍 の意味で、「害」も harm=傷害 の意味で使用されていたのでしょう。他の漢字圏諸国同様、日本にても「碍」と「害」は的確に使い分けがなされていたに違いありません。

 それが、日本でいつのころからか「障」と「害」を組み合わせた「障害」なる造語が出現しています。これは日本固有の現象で他の漢字圏諸国にはこの組み合わせの熟語は見当たりません。(前述のとおり「妨碍」の他に「妨」と「害」を組み合わせた「妨害」はあります。)

 はっきりしているのは、江戸末期の辞書に、手書きですが「障害」という熟語が記載されていることです。先に書きました日本最初の英和辞書「英和対訳袖珍辞書」のことで文久2年(1862年)に200部刊行されたものです。この annoy,annoyance の訳語として「障害」「妨ヶ」「損害」と出ています。annoyance の意味が barrier に近いのであれあ「障碍」で harm なら「傷害」となります。個人的には「傷害」だと思うのですが。いずれにせよこのような辞書への新表記の出現がその後の混乱を招いたのかもしれません。
 
 「障害」という新表記がなぜ日本のみで出現したのかを考察してみましょう。いくつかの理由が考えられますが

1)まずは時代背景として、江戸末期、幕末という時期はペリーの来航もあり、欧米の外国語の翻訳が集中的に行われ、その翻訳の過程で、多くの新しい言葉が生み出されたことは容易に想像できます。これら新造語の中の一つとも考えられます。

2)伝統的な「しょうがい」表記は「障礙」と「障碍」が混在状態にあり、特に「礙」は画数が多く、手書きするには煩雑であったことから、同音の「害」で置換したのかもしれません。因みに英和対訳袖珍辞書の編者、堀達之介の本職は通訳で、ペリー来航時の通訳も務めた人物であり、国語学者ではないので古来の伝統的な文字にはこだわりが薄く、エイヤーで 「障害」を採用したのかもしれません。同時代の「江戸時代翻訳日本語辞典」には Rub の訳語として「摩軋」「障碍」「困難」が出ています。

3) 明治新政府神仏分離令(1868年)を発したことは周知のとおりです。この廃仏毀釈の流れの中で、仏教色を排除するために経典から抽出された「障礙」表記を意図的に同音の「障害」に置換したとする説も有力だと思われます。先にも書きましたが明治4年に刊行された官許の辞書「布令字弁」には「障害」しか掲載されておらず、伝統的な「障碍」が省かれて いるのがその根拠です。

4) 医学用語との関連につき、緒方洪庵先生が翻訳にはすべて「障碍」表記を使用されたことは既に書きました。従い、医学界で「障害」表記が使用され始めたのは、早くとも「布令字弁」発刊以降だと思われます。「障害」表記がハイカラな感じを与えたのかもしれません。あるいは東洋医学と西洋医学の差別化を図る必要があったのかもしれません。


 日本では「布令字弁」が「障碍」と同義の新造語である「障害」の画期的普及に貢献し、大正末期の使用頻度は伝統的な「障碍」表記を凌駕するまでになりました。そして敗戦直後の占領軍による漢字制限策(当用漢字)で「碍」を排除し、「障碍」表記にとどめを刺す形となり今日に至っています。但し、近年、「障害者」表記に対する問題意識が生じたことから「碍」の出現頻度は確実に増加傾向にあります。 

 他方、台湾、韓国は長期間日本文化の直接的影響下に置かれたにもかかわらず、古来より今日まで一貫して「碍」グループと「害」グループを使い分けており、このことは漢字が表意文字であることを何よりも明確に顕示しています。